2009年9月4日 共同親権運動ネットワーク 共同代表
植野 史、宗像 充

8月30日、衆議院選挙の結果政権交代が実現することとなり、「国民の生活が第一。」を掲げてきた民主党ほか自民党政権下の野党が政権政党 となることが予定されている。私たち別居親は、この選挙の行方を注視し、候補者アンケートを実施することによって親権問題、及び親の離別に伴う面会交流への周知を候補者に図ってきた。

各党のマニフェストの中で、民法上の規定について公明党、共産党、社民党が別姓の実現、300日問題について触れたものの、親権・面会交流の実現について触れた政党はなかった。
政権政党となった民主党は、過去政策集で別姓問題について触れたものの、今回のマニフェストには載っていない。

こういった一連の民法上の規定は、親の選択や生き方が子の不利益や差別に直結するという点で極めて問題の多い規定である。私たちが実施した候補者アンケートにおいても、過半数の候補者がこの問題に沈黙を守った。
私たちは家族生活上の人権問題に対して、一部の議員や政党を除いて、新しく国政を担う人たちが積極的な姿勢を示さないことに懸念を表明する。
同時に、戦後ほとんど変わることのなかった民法が、家制度に強く規定された価値観を持つ政治家に支えられてきたことを指摘した上で、今回世代交代とともに多くの政治家が国会に登場したことに注視する。

民法上の規定の中でも、単独親権制度とそれに伴い、一方の親が子育てに関係できなくなる事態は、憲法24条の「配偶者の選択、財産権、相続、住居の選択、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない」という規定に明らかに反する差別である。

同時に、親権が一方の親から剥奪されることにより、「親権争い」と呼ばれるように、親の離別時における子どもの奪い合いが加熱させられ、親による子の連れ去りや面会拒否が助長させられる。親子関係そのものを法が阻害しているのである。 その上、子育てへの男性参加も進み、子どもと引き離されることへの抵抗は格段に強くなっている。
子から引き離されることによる精神上の打撃は、引き離された親のその後の日常生活、社会生活に甚大な影響を与える。
子が親から引き離されることもまた、親の離別という事件を乗り越えるにおいて、子の心理に資することがないし、その後の子どもの成長にも影を落とすことが実証されている。

正当な理由のない親子の引き離しは、差別であるとともに子への虐待である。 にもかかわらず、親どうしの縁切りが、親子の縁切りに直結するという慣行は根強く、「別れた親に会わないほうが子どもは落ち着く」とまで言われることもあった。
単独親権制度という法制度が無理に家族のあり方を規定し、親権争いや子どもの面会にからむ事件だけでなく、多くの社会問題の遠因にもなっている。
毎年25万組の夫婦が離婚する中、未成年の子どもの3、4人に一人が親の離婚を経験している。しかしこういった親子への物心両面の支援は、主に母子家庭というひとり親への経済的支援という形でしか考えられてこなかった。 政権政党となった民主党も、マニフェストで生活保護の母子加算の復活と児童扶養手当を父子家庭にも支給することを掲げてきた。 もちろんこういった政策は推進すべきことであるが、いずれにしても、別居親の存在は無視されたままである。

単独親権制度のもと、親の離別後の子の養育はもっぱらひとり親が担うことしか考えられず、養育費の徴収についても制度が強化されたものの、別居親側が養育費を払ったとしても扶養控除の対象にすらならない現状である。
ひとり親家庭の貧困と子の養育も、親の離別後の子育てについて、双方の親が子にかかわるということを選択肢として可能にし、総合的に考えるべきであり、そのためには単独親権制度の是正が必須である。

「政治とは生活である」のかもしれないが、人権が保障されてこそ人らしい生活が保障される。そして、「親権のない親に人権」は十分に保障されない。親と引き離された子も、親から愛情を受ける権利を保障されていない。 養育とは「養育費」という経済の問題だけではなく、子育ての喜びを享受することであり、また人としてのつながりを子が親から感じようとする営みそのものである。 人権、憲法、子育て、男女平等そして社会保障、すべての領域にまたがる民法上の大きな課題である単独親権制度について、新しく立法府に足を踏み入れた議員、そして政権の内外にいるにかかわらず、すべての政党が関心を示し、問題の抜本的な解決に向けて足を踏み出すことを私たちは期待する。

そして仕切りなおされた国会で、親の離別後の共同子育てが可能ように、共同親権制度が実現するための法制度を早急に整備することを強く要望する。