ジェンダー・ウォー 第一回
宗像 充
「ジェンダー・ウォー」日本版
ぼくは2007年に子どもと引き離されて、2年半子どもと会えなくなり、その間子どもと離れて暮らす親たちとともに運動を始めた。運動を始めてから今年で9年、当事者になってから10年になる。1歳と4歳で引き離された娘は11歳と14歳になっている。娘と会うのは裁判所の決定で2カ月に一度4時間。上の子は元妻の連れ子でその子とも裁判所の決定で会っていたのだけれど、会いに来なくなっている。その間調停・審判を3回、損害賠償の裁判を1回行なっており、今は親権者変更で4回目の審判を行っている。
先日、子どもと離れて暮らす親たちの集会で、久米泰介さんを呼んで話を聞いた。久米さんは、関西大学の社会学部に在学中からぼくたちの運動に顔を出していた。その後、アメリカに留学して修士をとり、今は大学院に再入学して、アメリカの男性運動(マスキュリズム)の著書を盛んに翻訳している。2015年に翻訳出版したWarren Farrellの『男性権力の神話』は、日本語の男性運動の数少ない入門書となっている。
今回、久米さんを呼んで話を聞いたのは、ぼくたちの共同親権運動と彼が日本で進めていきたいと考えるマスキュリズムが、密接不可分な関係にあるからだ。ちなみにマスキュリズムというのは、フェミニズムの対語で、社会構造の中で女性の置かれた地位の向上と男女平等を求める運動の男性版と考えていい。現在の社会構造の中では女性だけでなく、男性も抑圧されており、男性の被害者性を積極的に社会問題として取り上げようというのが狙いのようだ。
ちなみに、共同親権運動というのは、離婚後の子育てにおいて、男性が育児に金以外はまったく関与できなくなっている現状について、その格差是正を掲げて作った造語だ。ぼくが作った。アメリカで父親の権利運動と呼ばれる運動の日本版だ。子育ては権利だ、とぼくが主張しはじめると、大半の女性の反応はきょとんとして、何言っているの、子育ては義務だ、というものが大半だった気がする。
この連載では、こういったジェンダーをめぐる認識ギャップが、実際のところどのように対立状況や議論の混乱を生み出してきたのか、というのを自分の体験や運動の現場から紹介して考えてみるのが目的だ。
アメリカでもかつて父親の子育ての是非や共同親権について激しい論争が起き、その対立状況については「ジェンダー・ウォー」とも呼ばれたそうだ。よく挙げられる例としては、1979年公開の「クレイマー・クレイマー」が、親権争いにおける強固な母性優先から、共同養育の法制度が全米に拡大していく転機になったと言われる。この映画は単独親権最後の時代の離婚を描いたものとされる。ただし、アメリカでは当時も訪問権(面会交流権)は法的に保障されていたので、家出した母親が会おうと思えばすぐに会え、その場面が映画でも紹介されている。
久米さんも、この辺の事情について紹介している。アメリカでは、初期のフェミニスト運動では、父親の育児参加は歓迎されたそうだ。それによって、女性の社会進出が進むと期待されるというのがその理由だ。しかし、1970年代半ば、フェミニストの主流派は、一転して父親の子育てに抵抗するようになった。女性が社会進出することに男性が抵抗したのと同じで、子育てという伝統的に女性が担ってきた領域が、男性に開かれることに対しての抵抗感が根底にあったというのだ。さらにフェミニストは、暴力的な男性によってDV被害を受ける女性達という構図を主張し、共同親権を否定するようになったという。「男性権力の神話」を書いたFarrellは、もともとフェミニズム運動に共感していたのに、女性活動家が男女平等でなく伝統を優先させはじめたことに違和感を抱いて、男性の側から男女平等を求める運動を始めることになる。フェミニストは本当に男女平等を目指しているのかよ、と疑いはじめたというのだ。
こういったアメリカでのフェミニズムの路線転換とマスキュリズムの勃興の構図は、ぼくがこの10年間体験したこととだいたい同じだ。気づけばぼくは、日本版のジェンダー・ウォーの渦中に投げ出されていたようだ。ジェンダーという概念自体は、大学では女性の先生たちが講座を持ち、社会運動の局面でも同様に、女性たちが担い手だった。たまに国立の市民運動で女性の権利についての講座があると「どうして男は来ないの」と不満を言われたものだ。でも、じゃあそう言った本人が、ぼくたちがする講座に進んで来たりするかと言えば、そういうこともない。男女平等を女性たちだけが主張する権利があると述べることで、個々の男女は幸せになれるのか、という問いはフェミニズムの側では真剣に考えられているようには思えない。
ところで、現在の日本のジェンダー・ウォーの混乱した状況がよく反映している議論に、「親子断絶防止法」をめぐる議論がある。ぼくが所属する共同親権運動ネットワークは、この法律に明記された親子断絶規定に対して反対を表明して、別の別居親たちのグループとたもとを分かった。一方で、理念的であれ、親子断絶が立法化されること自体に、フェミニズムの側からも根強い抵抗があった。字数が尽きた。次回はこの論争の争点について取りあげたい。(府中萬歩記 第38号に掲載)